東日本大震災復興支援ボランティアレポート6

亘理町トマト収穫

 
組織部 西淑恵
 
共生地域創造財団が被災地における農業復興事業のひとつとして支援している農事組合法人マイファーム亘理協同組合の加工用トマト栽培の収穫ボランティアに、応募した組合員2名とともに8月27日(水)~8月30日(土)の3泊4日で加工用トマトの収穫作業をしました。
 
 

<8月27日(水)>

・共生地域創造財団の職員との待ち合わせ場所、仙台市太白区の長町駅は小雨が降り始めたばかりでしたが、現地は雨のため午後の作業は中止とのことで、同じ亘理町のいちご団地などを見学させていただきました。
 
・着物地の再利用で袋物などを作成販売するWATALIS。寄贈された着物地を新たな形にし、価値を高めて市場へ送り出しています。近隣の住民が作り手となって参加しているそうです。
 
・関東には宮城県のいちごは出回らないので知らなかったのですが、亘理町はもともとイチゴの大産地だそうです。マイファームが加工用トマトを栽培している土地も元はイチゴハウスが並んでいたそうですが、津波によりすべて流され、塩害のためいちご栽培には適さない土地になってしまったので、国が100億円をかけて大規模ないちご団地を建設したのだそうです。
巨大なハウスが104棟、ハウス内は1.2m程度の高さにヤシガラをいれたプランターが並び、水やり・施肥・温度管理は自動的に調節されます。その中の1棟、もともといちご農家で息子さんも一緒にやっていたというお母さんにお話をうかがいました。いま息子さんは原発から離れたところで子どもを育てたいと、北海道の伊達市でイチゴ栽培をしているそうです。
 
・亘理町の北部、名取市の閑上(ゆりあげ)地区には小さな山があり神社になっています。上から周りを見ると、一面土台だけが残り、この一帯が住宅地だったことがわかります。隣には慰霊碑が立ちました。碑の高さはこの地点での津波の高さ8.4mだそうです。近くには仮設市場があり、土・日は非常ににぎわうそうです。カナダからの寄付で建てられたというメイプル館では震災当時の映像が流れていました。
 

<8月28日(木)>

・朝、財団職員にマイファームまで送ってもらい、一日トマト収穫をしました。圃場は草が生い茂り、ちょっと見ただけではトマトがあるかどうかわかりません。場所によっては雑草が腰丈以上にも伸びています。草刈作業と足で草を掻き分けながらの収穫作業が同時進行です。風通しが悪く、腐れや虫食いが多いため一列で3~4個しか採れない畝がたくさんありました。今年はお盆から雨続きで収穫適期に採ることができなかったそうです。気温が低めだったのが救いでしたが、雨上がりでもあり全身汗だくです。近隣の農家のお母さん3人と一緒に作業し、休憩時間には当時のお話も伺いました。みなさんまだ仮設住まいだそうですが、お一人は9月6日に新居に引越しされるそうです。この日は仙台市内のホテルに120Kgを納品するということで、収穫したトマトの汚れを拭き取る作業もしました。
 
・グリーンコープからは末永さん、篠原さんのお2人が9/24(日)からボランティアとして参加していました。末永さんは財団の事務所立ち上げ時にグリーンコープから出向していたそうで、この日の帰りからは末永さんが運転手役を務めてくださいました。
 

<8月29日(金)>

・翌日は栃木県から高校生がボランティアにきました。震災学習として全学年に呼びかけたそうで、卒業生や引率の先生も含め30名程度がトマトの収穫を手伝いました。3年間継続して参加している生徒もいて、収穫作業に来ているお母さんたちと手紙やメールでやり取りもしている子もいるそうです。
 

<8月30日(土)>

・最終日は掃除や洗濯を済ませ、朝7時に宿舎を出発、午前中のみの作業です。昨日まで作業していた海に近い圃場の収穫は一巡したので、この日は高速道路の近くにある畑で作業しました。この圃場は水はけが良いようで、朝に大雨が降ったにもかかわらず水に浸かっているのはわずかで、比較的腐れが少なく良いトマトがたくさん取れて、少々ほっとしました。
 
・現地は一見のどかな風景でもあります。遠くに松の木がまばらに生えていると見えていたのは、もとは幅100mもある松林だったそうで、きのこ取りもできたそうです。お話しを聞いてはじめて津波の大きさを実感しました。作業に来ているお母さんたちは当時のことをさらっと話すのですが、本当に大変な思いをしたのだろうことは容易に想像できます。おなじ仮設には引きこもっている人もいるそうです。震災前に戻ることはできませんが、この地に住む人たちが少しでも元気に過ごしてもらいたいと思いました。
以上
 
一緒に参加した組合員のお二人と名取市の慰霊碑トマトの収穫

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